<< July 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 移動知 | main | 忘年会 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
メタデータ
image.jpg
 メタデータとは「あるデータに関するを属性や関係性等について記述したデータ」だと考えてください。

▼わかりやすいメタデータの例

新聞のテレビ番組欄。ついここから新聞を見てしまうという人も多いと思いますが、例えばこれがメタデータです。どんな内容のテレビ番組が何時からどのチャンネルで放映されるか、ということを記述しています。テレビ番組表は、実際に放映される番組のメタデータになっていると言えます。

では、つぎの例。

ビデオカメラはお持ちですか?小さなお子さんがいらっしゃるとたくさんのテープのストックがあると思います(8mmビデオの再生用デッキがすでに製造中止されているというのは実に腹立たしい事実ですが)。録画済みのビデオにタイトルを記入しますよね?「○○ちゃんの運動会、2003年5月5日」といったようなものです。これがメタデータになります。このタイトルから、見るべきか見なくてよいかを判断しているはずです。

もっとわかりやすい例としては「書誌データ」があります。書籍の概要について記述したデータです。出版社、著者、発行年月日、ページ数、など、その書籍の概要を表すデータです。書誌データというメタデータを検索のキーとして利用したり、購入すべきか否かの判断をしていると思います。

このようなメディア関連だけではなく、他の日常生活においても私たちは無意識に自分なりのメタデータを活用しています。

例えば、私が会社の同僚と、来週実施する経営会議でのプレゼンテーションについて打ち合わせしているとします。ところがこの同僚は、とても気持ちが優しい人で交渉ごとが苦手、ということを私が把握しているときに、この「彼の性格は○○だという事実」がメタデータになります。どんなプレゼンテーションにしようかという内容について議論している時の私の気持ちの底辺では、そのメタデータを根拠にした判断、例えば「どんな内容のプレゼンになろうと、それはオレがやらなければうまくいかないな」と確信していたりするわけです。「ま、あいつはそういうやつだから」という何気ない会話によく出現する人に対する評価は、ある種のメタデータであると言えるでしょう。

人に関するメタデータは行動履歴等を積算したものとして解釈されます。これが一般に「プロフィール」や「履歴書」になります。例えば、「同期入社の東大卒」と聞くと、「ほほう。一所懸命勉強したか、あるいは頭が良いのであろう」と、まずは認知するでしょう。

しかし、その後、業務上でたいした成果を出していない、ということになれば、その事実を東大卒という学歴に加えていくことになり、評価も微妙に変わっていく、ということになります。従って、人に関するメタデータは一年経てば一歳年をとるということと同様に「常に加筆修正される」が基本です。


▼メタデータは記述できるものだけではありません


さて、いくつかのメタデータの例を挙げてまいりましたが、既にお気づきのように、私たちにとってはデータそのもの以上に、データの存在場所や属性を示したメタデータが重要であると思われます。たくさんの情報の中から、自分にとって重要な情報にリーチする手段をきちんと組み立てないと、ただ振り回されただけで時間が過ぎてしまいます。

例えば、自分にとって感動を呼び起こすに違いない「小説」は多分あるはずなのですが、その小説がどこにあるかわからない。この「どこにあるかわからない」を「ここにありますよ」と教えてくれるのがメタデータです。データは記述されたものとは限りません。「この分野だったらA君が詳しいはず」という情報をおさえておけば、A君というメタデータが、あなたに相応しい小説を選んでくれるでしょう。著名な大学教授が薦める書籍なら間違いはないだろう(?)という判断でその教授が薦める書籍を購入する場合、書誌データではなく、教授そのものをメタデータとして利用していることになります。あるいは、多くの人が説得力のあるメタデータとして利用しているものに、「ランキングもの」があります。例えば「ベストセラー」というのは多くの人が既に購入したという事実(fact)を示すメタデータなので、安心して購入できる可能性が高いのかも知れません。

このように、わたしたちは無意識にたくさんのメタデータをインデックス(索引)として利用し、時間を節約しています。様々なWebを検索するより詳しい人に聞いたほうが早くて正確ということはわたしたちは日常的に体験しています。

論拠の希薄な推薦が間違いを犯すことも往々にしてあるのですが、それでも全体コストがなんとなく最小化されているような実感があれば、「それでかまわない」わけです。ヒューリスティックスは、論理的整合性よりは、感性や経験を重視します。


▼理由は後からついてくる

蛇足ながら、これに関連してもうひとつ重要なのは「理由はあとからついてくる」という事実です。我々が何かを選択しようとしているときに、その選択の動機になった「理由」が最初に存在していたかのように思いがちですが、意外とこれは少ないのではないでしょうか。たいした理由はないのだが、ある商品を購入した。しかし、使ってみたらとても便利だったというときに、「これが便利だということを知っていたから購入したのだ」と考えがちです。でもよく考えてみたら購入した理由は「なんとなくカッコよかったから」だったりするわけです。私たちは「納得するための理由を後からいくらでも見つけることができる」のです。

明らかに「容姿端麗」という事実にひかれ結婚したのですが、思いのほか料理が上手だったことが離婚しない理由だったり、とか(ちょっと違うか)。


同様に、メタデータを参考にしてリーチしたデータそのものの価値についても、自分が納得できる理由を後からつけることが多いはずです。「一万円もした本なのだから立派な内容でないと困る」というスタンス(姿勢)で読書すれば、(仮にそれほどの内容ではなかったとしても)それはそれなりの満足感を得ることができるでしょう。



▼背表紙というメタデータ

家の書棚にずらっと並んだ書籍。普通に書棚に格納すると、わたしたちが目にするのは、表紙ではなく、背表紙になります。つまり背表紙をメタデータと見做し、その書籍を(再度?)読むべきかどうかを判断したりします。書店で販売されているときに『表紙』は大きな役割を果たしますが、いったん購入してしまうと読者にとって重要なのは『背表紙』に代わってしまうわけです。何度も手に取りたくなるような背表紙をきちんとデザインする能力が、書籍を作る側にとって重要になるかもしれません。

一般にメタデータをせっせと作るのは「大変」です。想像以上に時間と労力を必要とします。そこまでかけてビジネスになるのなら良いのですが、元が取れなかったら大変なことになります。そこで協力しあって(協調的に)メタデータを生成しあうと自分のかけるコストはたいしたことがなくても、全体としては膨大なメタデータが生成される、ということが可能になります。P2Pネットワークはその代表的な例かもしれません。

▼コンテクストマッチ

さて、メタデータは、コンテクスト(文脈)とどの程度マッチしているかで価値が変動します。いくら気が利いたデータでも、文脈があっていなければ意味がないのです。昨日のテレビ欄は今日の自分にはもはや不要です。しかし、例えば夜の10時に新聞のテレビ欄を広げ、「さて、10時から何やってんだろ」と検索している時は、もっともコンテクストがあっている状態である、ということになります。

会社を作ろうとするときに、起業に関する書籍はどれがいいか、というメタデータがあればこんなに役立つものはありませんが、一旦会社を設立してしまえば、もはやそのメタデータはもっともどうでもよいものに変身してしまうわけです。固有の文脈、位置情報、そして時間。この3つにリアルタイムに連動できるメタデータがもっとも強力なメタデータです。なんとなく「のどが渇いたなあ」と思っていたら、スッとビールを差し出す奥さんというのはこの3つの条件をすべて備えています(笑)。


▼コスト最小化、パフォーマンス最大化

メタデータとコンテクストをマッチさせ、豊かなサービスを提供するときに重要なのは、「作成にお金がかからず素早く提供される」ということではないでしょうか。多少貧弱で不正確で乱暴であったとしても前述の「理由」を考えると、そちらのほうが有効に思えてきます。

例えば、今流行のブログはRSS(RDF(Resource Description Framework ) Site Summary)というXMLのサブセットで記述されていますが、これが爆発的にヒットした理由は「使いやすかったから」だと思います。逆に、とてもリッチな仕様になっているNewsMLは、あまりにリッチなために誰も記述してくれない、ということになってしまい普及しているとは言い難い状況です。メタデータは「いかに素早く作成し」「いかに妥当なところに」「妥当なタイミングで」差し出すかが重要なのです。
| - | 15:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| - | 15:12 | - | - |









http://takeda.jugem.cc/trackback/116