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認証系のデファクトスタンダード
認証系のデファクトスタンダードを取るのはなかなか難しいというハナシ。
| - | 09:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
前ノリ・後ノリ
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 そういう用語があるのかどうか知らないけど、音楽を聴いていて、特に打楽器系やギターの演奏で、明らかに「ノリの意図的なズレ」を感じることがあり、それが前のめりの場合とその逆の場合(タメがきいてる)があります。そのいずれもがなんとも気持ち良かったりします。

このプロフェッショナルならではの技、特に「前ノリ」というのは音楽に限らず、勢いを共有するというときにとても大切で(実は少し意味が違うのですが)

・書籍でもまずはがーんと最初に印象的なフレーズを叩き込まれると、あとの文章も面白く感じる。
・漫才などを見ているときでも最初にいきなりウケると、その後のつまらないものも面白く感じてしまう。つまり「のせられて」しまう。
・講演などをやっていて、最初の10分くらいの間にひとつでもウケると、喋ってるほうもノッてくる。

......という訳で、この「ノリ」というのは一年サイクルでも一ヶ月でも一日でもそれぞれに存在しそうな気がするので、うまい具合に慣性(inertia )をつけていきたいものだ、と思った次第。
| - | 14:18 | comments(3) | trackbacks(0) |
メルマガの代替手段?
「メールマガジンがもはや一時の勢いを失った」という言論をあちこちで聞くようになってきたけど、それ多分勘違いですー。

いつの世でも「ある形式が力を失う」には相当協力な代替手段が出現している場合で(Suicaが登場して駅員がいなくなる、CDの登場でLPがなくなる、など)、ただなんとなく形式が廃れる場合は非常に長い時間を必要とすることが多い(はず)。RSSニュースリーダーがメルマガの代替手段になるほど普及しているとも思えないし。

メールマガジンは、帰宅ついでに自宅の郵便受けを覗く気軽さがあるのだけど、ニュースリーダーは、自宅そばの郵便局まで手紙を出しに行くくらい面倒くさいもんです。大げさなたとえに感じるでしょうけど、自分の利用実態をつぶさに観察すれば、それくらい「利用頻度の差」があることに気がつくはずです。ですから、恐らく昨今のメールマガジンの状況を正確に表現すると「つまらないメールマガジンが減ってきた」ということに他ならず、とても良いことではないかと。

しかし「郵便受けを覗くだけの気軽さ」はメーラーにしかないのかと言われると、そんなことはなさそうですねえ。昨年はGoogleDesktopなどのデスクトップサーチが話題になりましたが、今年はプライバシーの保護にとても気を配ったデスクトップアラートが少し話題になると予想していたりします。
| - | 21:11 | comments(0) | trackbacks(1) |
バイオミミックリー(biomimicry)
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 バイオミミックリーという言葉を始めて聞いたのですが、「自然界の最良のデザインやプロセスを真似て、人間界の問題を解決すること」、要するに、自然がやっていることを真似ることで環境問題を克服していこうということのようです。

しかし、私たちがやってきたことは、鳥のように飛びたいという欲望が飛行機になったという例のように、すべて自然に学び自然のようになりたいという願望や欲望がスタート地点になっています。ところがこの「飛行機」という方法論がどうも違うのではないか、もっと別の(人にとっての環境に優しい)やり方があるはずで、自然の方法論から再度何かを発見しようというのが最近のトレンドなのでしょう。

さて、アナログツールに対して永遠の憧れを抱くデジタルツールが自然に学ぶとしたら例えばどのようなことが考えられるでしょうか。
| - | 23:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
怪しさの潜む便利
それはそういうものであり仕方ないのだと諦めているところに新サービス開発の余地があるとはよく言われることですが、この逆があるなあ、とつくづく感じます。つまり「それは普通、こういう便利なツールを使うことでラクに処理できるよ」というものの中に相当怪しいものがある、ということです。怪しさの基準は「膨大な時間を使うかコストを費やすにもかかわらず多くの人があたりまえのように受けれているもの」です。例えば、テレビ、新聞、雑誌、自動車、マンション(の購入)、インスタントメッセンジャー(笑)、SNS、冠婚葬祭、スポーツ、保険、健康器具、プラスチック製品、貴金属.................逆に怪しさを感じないものとしては、旅行、宴会、書籍、紙製品、写真、自転車、電話、音楽、赤外線.................うーむ(笑)
| - | 22:26 | comments(3) | trackbacks(0) |
保険に入る
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 私たちはごく普通に「保険に入る」といいますが、英語では「保険という商品を買う(buy insurance )」という言い方になります。「買う」に比べると「入る」には「仲間になる」とか「安全地帯に逃げ込む」というニュアンスが強くなります。そしてこれが、私たちが保険という商品の性格を見失うきっかけになっているような気もします。

日本損害保険代理業協会のページを見ると、「保険とは、将来起こるかもしれない危険に対し、予測される事故発生の確率に見合った一定の保険料を加入者が公平に分担し、万一の事故に対して備える相互扶助の精神から生まれた助け合いの制度で、私たちを取りまくさまざまな事故や災害から生命や財産を守る為のもっとも合理的な防衛策のひとつです。」ということだそうで、保険とは制度であると言っています。

「合理的な助け合いの制度」すなわち互助会制度だと言っているわけですが、そこに加入したほとんどの人がその恩恵を受けることがない制度が果たして「合理的」と言えるでしょうか。ましてや制度とは「国が定めた法規もしくは社会的に定められた仕組み(広辞苑)」です。つまり保険は制度ではないのです。単なる商品です。ほとんどの人が投下した金額に相応しい見返りを受けることのできない「著しくリターンの低い商品」と言えるでしょう。

このように、動詞の意味に縛られ、歪んだ解釈をしているものがないかどうか、まずはお金に関係しそうな言葉からチェックしてみるのも楽しいかもしれません。
| - | 21:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
明けましておめでとうございます
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 本年も宜しくお願いします
| - | 16:15 | comments(2) | trackbacks(0) |
ビジネス書は小説である
とりあえず「ビジネス書」と言われたときにあなたが思い浮かべた書籍がビジネス書だとします。つぶさにその内容を読んでいただくと、すべてが「たまたま」の連続による偶然の積み重ねだということがわかります。環境、親族の関係、個人的な資質などからスタートして、様々な人間関係や要因、時代背景などを経て、あるゴールに到達するというプロセスの話しであることが多いので、それは「無数の組み合わせのうちのごく一つ」のサンプルです。そこをなぞって読んでいくというのは、共感する場面も多いのですが、実は考える道具にはなりません。ビジネス書というのは小説のことであると考えると気楽に楽しめてよいのではないでしょうか。「あー面白かった」がビジネス書の極意かもしれませぬ。

逆に小説はどうでしょうか。個人的にはあまり小説を読まないのですが、実はこちらのほうがいろいろと考えるヒントがあったりして、ビジネス書よりもビジネスを進める上で役に立つのではないかと思われます。考えるきっかけが構成されていることが多いからです。詩人の荒川洋治さんが、「文学というのは実はもっとも実学なのだ」とおっしゃってましたことを思い出します。
| - | 11:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
とりあえずジャーナリズムについて
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 「ジャーナリズムとは何か」というのはまったく興味がない話題なのですが、ご存知のようにそれだけで一冊以上の本が作れるテーマであります。さらに、「ジャーナリスト」とは、「観察し、記録する人」だと思うのですが、大別すると、いわゆるマスコミに属するジャーナリストか、フリーのジャーナリストがという分け方があります。さらに、フォト/ビデオなど、取材の道具の違いによる分け方と、業種やテーマ(観光や科学といったもの)による分類があります。また、それを職業とするかしないかによる区別もあるかもしれません。昨今のブログブームの中でも高品質でジャーナリスティックな文章も散見されますが、それも、当事者が自らを「ジャーナリスト」だ表明し、それに共感してくれる人がそれなりにいれば、ある種の影響力が行使できたり、あるいはビジネスとして成立するという話しになります。もちろん共感する人が一人もいなくても自らをジャーナリストと名乗る自由はありますがカッコ悪いからやめましょう。

ジャーナリズムという言葉には「社会の木鐸として人々を覚醒させ正しく導く」というニュアンスが含まれているんでしょうけど、ジャーナリズムというのが概念としては存在しても実在しないのと同様に、この「木鐸」としての機能というのは本来存在し得ないものでしょう。中立公正な現象など実在しない以上、中立公正な取材などはあり得ないわけです。ある種の思い込みや歪み、そして企てこそが現実のジャーナリズムであり、そこに共感する人が比較的多いか少ないかだけの話です。

私の前の職場で、私の「なんで会社を辞めようとしないのか」という問いに「僕はジャーナリストでいたいからだ」と答えた人がいましたが、大手マスコミの看板がないと取材できない人というのはジャーナリストとしては比較的レベルが低いと考えてよいでしょう。取材とそれをとりまく前後の環境の準備が自動的にセットアップされやすいという居心地のよさが取材活動にバイアスをかけやすいと考えるからです。また「取材はまず現場へ」が基本であると思われているようですが、これは必ずしも正しくないと考えます。現場にかけつけること、あるいは取材対象の当事者に直接会うことは、情緒に流される傾向があり、むしろ現場から離れた膨大な資料の探索が、現場では見えてこない発見をもたらすこともあります。「とりあえずは一刻も早く正確に」という姿勢よりは「関係性を展開してプレゼンテーションできる能力」のほうがよりジャーナリスティックではないかと、特に最近感じるようになりました。

いずれにせよそれは「事実」という言葉で表現されるものなのですが、事実の意味や価値は、観察する人やそれを取り巻く状況によって大いに異なります。事実はそれこそ人の数だけあると言っても過言ではありません。同じ対象でも観察者によって解釈が微妙にズレる。このズレこそがコミュニケーションであり、予定調和したかのような完全なる意見の一致があるとしたらそれはコミュニケーションではなく通信でしょう。おっと、話しがそれた。
| - | 00:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
Share of Voice
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 流行のキーワードの中で、ある特定企業の名前がどの程度の割合で出現するかをシェアオブボイス(Share of Voice)と言います。例えば「IT(アイティー)」というキーワードによく登場しそうなのはNTT、ソフトバンク、マイクロソフト、Googleだったりするのでしょう、たぶん。 このキーワードはある意味では時代が保持している背景だったりするのですが、そこでよく出現する企業は恐らくその背景においては「強い」と言えるのであろうと思います。

さて、問題は、もはや陳腐化しつつあり、ダサくてスジの悪いキーワード「IT」の次に何がくるか、です。個人的にはこれかなあ、と思う言葉がいくつかあるのですが、そのあたりでの面白い動きを作るところにほんの少しでも関わることができたらうれしいですね。
| - | 00:09 | comments(0) | trackbacks(0) |